子どもの苦手なことを理解するには?視点と焦点を変える

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個性・性格
Photo by Paul Hanaoka on Unsplash

自分の子どもを育てる中で、最近強く感じること……それは

「人間って、思っている以上に苦手なことが多いんだな」ということ。

たとえば、息子たちのことをより深く見ていくと

  • 大きな音や特定の音
  • 特定の素材や洋服タグ
  • 洋服の重ね着
  • 耳から情報を取得すること
  • 自分の感情を表現する etc…

などなど、たくさんの苦手なことがあるんです。

でも、それは私自身にも言えることで「そういわれてみれば私もそれって苦手かもしれない」「あぁ、私もそれが苦手だから○○ができないのかも」

という風に、子どものことを注意深く観察することで、自分自身の「苦手」や「嫌い」を発見するようになってきました。

だからこそ「人間には、思っている以上に苦手なことがあるんだな」と思うのです。それと同時に、人の好き嫌いも得手不得手もすべてがグラデーションだということがわかるようになりました。

私たち親世代は、子供のころ「嫌い」や「苦手」が通用しなかった

今でこそ、子どもの個性にあった子育てや、発達の凹凸について広く知られるようになりましたが、私たち親世代の幼少期はそうではなかったように思います。

私自身、昔を振り返ってみると苦手なことや嫌なことの多い子だったように思います。

物理的に苦手なものだけでなく、感情の言語化や意思表示、人の輪に入っていくこと、ハキハキと返事をすること……といった具合に、特に対人コミュニケーションで苦手なことがとても多い子どもだったのです。

しかし、昔は「苦手は克服するものだ」という考えや「そんな様子では立派な大人になれない」という考え方をするのが一般的だったのではないかな、と思うのです。

私自身、親から「人への受け答えがなっていない」「もっと堂々とハキハキ話さなくてはダメ」と怒られることが多かった。

でもそれは「人はみんな違う」という概念が、私の親だけでなく社会全般に通用していなかったせいでもあるように感じているのです。

子どもが苦手なことは「どんな方法で成長を促すか」を考える

ただ私は、苦手なことは苦手なままで、避けて通ればいいという風には考えていないのです。

当然、成長するとともに子どもはどんどん活動の場が増え、対人関係も複雑になり、社会に出てからのことも気になります。

だからこそ「どんな方法で成長を促すか」という考え方にシフトすればいいのだということが、わかるようになったのです。

真っ向からぶつかるのではなくて、視点を変えたり焦点をずらしたりすることが必要なのですね。

視点を変える、焦点をずらすアプローチ

たとえば、私の長男は耳からの情報を取得することが苦手です。

がやがやした場所で、私が言葉で指示や注意をしても理解するのに時間がかかったり、言われたことをすぐに忘れてしまったりすることがあります。(学校でも同じなのだと思います)

よく、男の子は親の話も右から左で聞こえていない……なんていわれますが、あれは耳からの情報取得が苦手なので、理解しにくいということなんですよね。

なので最近は、指示を出すときは体に触れたり、子どもの視界に入るところまで近寄って、まず視線を私のほうに向けることを最初にします。

すると「お母さんが今から何か言うぞ」というが認識できるので、耳からの情報に集中する意識が働く。

そうすれば、私の話を理解したり、指示を聞く、注意を受け入れるという「行動」へのつなげ方もスムーズになるのです。

長男が耳からの情報取得が苦手だということに気づいていなかったときは「何回も言ってるじゃないの!」と怒ったり「さっきも注意したでしょう!」と叱ったこともあります。

しかし「この子はこういうパターンは苦手なんだ」と、まず私がちゃんと理解することさえできれば「じゃあ、こういう風にしてみようかな?」「こういう方法は向いてないな?」という試行錯誤もしやすくなるのですね。

子どもの苦手を理解することで、私はめっきり怒ることも減りましたし、自分自身の生活にも役立つことがたくさんあると感じています。

目見に見えない苦手を追及する

子どもの苦手は「野菜が苦手」「運動が苦手」「絵を描くのが苦手」……という、目に見えやすいことだけではないのだと痛感します。

自分が「苦手」を理解してもらった経験がない場合、子どもがどんなことに苦手を感じるのかも、正直とても分かりにくいと思うのです。

息子たちには、気圧の変動で体調が悪くなる、黒板の字をノートに書き写すのが苦手、短時間で眠りにつくのが苦手、人や周囲の状況を冷静に見るのが苦手……とか、本当にいろいろあるのです。

でも、それはすべて「目に見えにくい」ものです。食べることや運動、お絵かき、計算のように「結果」や「成果」がわかりにくいことは、その子の苦手や特徴として認識しにくいのではないかなとも思います。

大人でもわからないのですから、子ども自身はもっとわかっていないはず。私が自分の得手不得手が全然わかっていなかったように。

親も子どもをよくよく見ていないと気が付かないし、それらを関連付けてひとつの可能性や規則性を発見することができないと、対処法もわかりません。

だからこそ「子どもに関心を向ける」というのは、思っている以上に大変なことなんだと毎日感じているのです。

目に見えない困り感や苦手を、本人に伝えてあげたり、先導してあげることができたらいいなと思っています。

子どもの苦手を理解する

私は、些細な苦手も、周囲が理解してくれれば「ちょっと頑張ってみよう」と思えるものだと考えています。

大人になって、自分の苦手や嫌いなことを好きになったり、克服したりするのはかなり難しい。しかし、子どものうちから自分の苦手をちゃんと自覚して、どう対処すればいいかを知っていたら……結果は変わると思っています。

負けない子とか、強い心を養うには、真っ向から向き合わせるのではなく、まず自分を理解して、自分に合ったアプローチをすれば対処できるという「体験」を積むことが必要なのではないかと思っています。

そのためにはまず、子どもを注意深く観察して、苦手なことやその理屈を大人が理解してあげることが必要なのではないかと肝に銘じています。

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