子どもが苦手な人こそ、子育てを楽しめる!その理由とは……

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子育て

子どもが苦手、どう接していいかわからない。

そんな風に子どもに対して身構えたり、苦手意識をもってしまう人も少なくありません。実は私もそのうちのひとりで、子どもへの苦手意識を今でも感じることがあります。

たとえば、近所の子どもとすれ違うときも声をかけてあいさつをするのにすごく緊張してしまったり、息子の連れてきた友達に何と声をかけていいかわからない……なんてことも。

以前はそんな子どもに対して身構えてしまう自分を「情けない」なんて思っていたこともありましたが、子どもが苦手でも子育てを楽しんだり、より違う視点で見ることができるという利点にも気がつくようになりました。

今日は「子どもが苦手な人こそ、子育てを楽しめる・興味を持てる視点」についてのお話です。

子どもが苦手な人が子育てを楽しむための視点

子どもが苦手でも、子ども同士の関わり合いや他の家庭の子どもとの接点を持つことはとても大事な学びだと思っています。自分の子どものことを知るためにも、他の子どもと交流している様子を見ることや、一緒に関わっていくことで視野は広がるものです。

だからといって、積極的に自分自身が子どもとの会話や触れ合いをしていく必要はないと考えています。

子どもが苦手な人は、子どもと対等な視点をもっている

子どもが苦手なのは「相手を自分より立場の低い者」として見ていないからと考えています

もちろん単純に「子どもはうるさいし、会話が成立しないからどう接すればいいかわからない」という人もいるとは思います。しかし、私の場合は他の大人に対しての緊張感と、他所の子どもに対しての緊張感が同じであるように感じています。

見知らぬ大人と話すときも、人見知りな人は緊張して何を話せばいいか、どんなトーンで話せばいいかわからなかったりしますよね。しかし相手も大人なので、ほどよく空気を読んで他愛もない話題を振ってくれたり、愛想笑いしてくれたりして間が持ったりするものです。

でも、子どもの場合そうはいかないのですね。自分主導で会話を引き出さなくてはいけないし、子どもはお世辞も愛想笑いも大人のようにしません。だからこそ「この子には、どうやって接するのが適切なのか?」という正解が非常にわかりにくいのです。

つまり、自分が主導権を握るような関係がとても苦手なのではないでしょうか。考え過ぎる、優しすぎるなど、その人の性格による感覚差はあると思いますが、私はそんな風に自分の感覚を理解しています。

あくまでも子ども主体で、自分は観察する視点

私は子どもがとても外向性の高い性格なので、近所の子どもや子どもの友達としょっちゅう会います。うちに子どもが遊びにくることも多いですし、公園で子どもたちが遊んでいるのをぼーっと眺めていることもあります。

でも、ほとんど会話には参加しません。なるべく気配を消して、遠くから観察するのが私の日常です。

私はずっと「友達のお母さん」というのは、明るく元気よく、子どもたちにおやつを振舞いながら「今日は給食何だった~?」なんて話題の中心になって盛り上げる役だと思っていたんですね。そもそもそのイメージが固定化されすぎているのだなと、気づいたのです。

子どもは子ども同士で遊びたくて集まっているのですから、そこに親が介入する必要などほとんどないのです。私が介入しないことで、子どもたちのいつも通りのやりとりを観察することができます

また、子どもが友達とどんなやり取りをしていて、どんなポジションにいるのかということも、遠くから静かに見ているほうがよりわかりやすいと感じることも多いです。

聞き役に徹する大人は大事な存在

子どもはただただ聞き役に徹してくれる大人を求めているのだなぁと感じることがあります。

子どもの中には、こちらから話しかけなくてもどんどん話題を振ってきて、自分の話をする子がいます。子どもたちが遊んでいても、ひとりだけ大人の私に話しかけてくるような子も、ときどきいますね。どんな心情からこのような行動に出ているのか……というのは少し想像したり、察したりしてしまうところです。

聞き役に徹してくれる大人の存在は、どんなにひと時だとしてもとても大事な経験であると思うことがあります。この子が将来大きくなって「たまに〇〇君のおうちに行ったなぁ」なんて思い返してほっこりしてもらうことができたら、とても嬉しい。会話を盛り上げることも、引き出すこともできない、特別なことなど何もできないけれど「うんうん」「へぇ~!」といって話を聞いてくれる他人がひとりくらいいても、いいのではないかと思うこともあるのです。

現代の日常は、自分の家庭外の交流が減っている

現代の子どもは、自分の親以外の大人と接する機会がとても減っているように感じます。

核家族化が進み、祖父母と同居する家庭も減っています。親以外の大人と話すのは、学校や塾や習い事の先生、友達の親くらいなものですよね。

それと同時に、大人も他所の子どものことを見る機会がとても減っています。共働きで忙しい家庭が増え、他所の子どもを家に招き入れるなんてもっての外という考えの親御さんも少なくありません。

しかし、私個人としては「よその家庭」を見ることや「親以外の大人」と接することは、世界や視野を広げるために大事なことだと思っているのです。世の中にはいろいろな家庭があって、いろいろな大人がいるのだなと、子どもは自分で見て、感じて学んでいきますよね。

私は子どもと直に接するのは得意ではありませんが、子どもたちが成長していく様子をみたり、くだらないことで笑いあっているのを見るのはとても好きなんですね。子ども同士のやり取りを見ているだけでも、気づかされることやほっこりさせられることがたくさんあります。

それと同時に、好ましくないなと思うことも、勘弁してほしいと思うことも当然あります。いいことばかりではありませんが、全てひっくるめて「親の学習」だと感じています。

ママ友同士の交流というのはあってもなくてもいいのです。親が自分で勝手に「自分の子どもとその周囲の子どもを通じて学べることがある」という認識が大事なのではないかなと考えています。

子どもが苦手だからこそできる「子ども目線」の交流

大人対子どもという線引きをしないからこそ、知らない子どもや慣れない相手に対する苦手意識が強まることも多いのではないかなぁと感じています。

しかし、子どもが苦手な人でもできる交流の仕方は意外にたくさんあるものです。子どもは大人の奥にある気持ちを汲み取ることも多いので、大人が無理して頑張るのではなく「自分にできること」を粛々とやっているだけでいいのだと感じています。

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