「この子はHSC」という目線は一時的な通過点です

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HSC

私の息子はHSC。一見とてもヤンチャでおバカな男子という印象なので、深く関わり真剣に向き合わないと、繊細さに気づかないタイプです。外向性の強いHSS型HSPのタイプです。

息子がHSCであることに気づいてから早3年くらいが経つでしょうか。

今私は、息子のことを「HSC」という目線で見ることをやめています。もちろんそれは、子どもに限らず、大人のHSPにも同じことがいえるでしょう。

「気質」を知ることは大事ですし、深く理解して自分に当てはめたり、自分を認めたりすることはとても大事なんですね。

しかし、自分自身が「HSP」という人間ではないし、この子自身が「HSC」なわけではありません。この記事では、あくまでも気質を重視することは一時的な通過点だよ、というお話をしていきます。

HSCの特徴ゆえにうまくいかないことは、確かにある

息子はこの記事を書いている現時点で小学校5年生です。

赤ちゃんの頃から育てにくいと感じることや、手がかかる、理解しにくいと感じることは多々ありました。幼稚園の頃は感覚過敏や赤ちゃん返りに悩み、小学校生活に慣れるまでには2年もかかる。さらに小学校3年生からは学校の友人関係や、生活の忙しさによる疲労やストレスに悩みました。小学校4年生からはときどき原因不明の体調不良や登校拒否をするようになり、4年生の後半は毎朝吐き気を訴えて完全に学校への足が遠のきました。

数カ所の病院を回り最終的に「原因不明」「ストレス」という微妙な診断に終わる……。文字にしてしまえば簡単ですが、本当に親子共々悩み、泣いたり落ち込んだり怒ったりしながらここまできたという感じです。

息子のことについては、過去記事でまとめています。

「HSC」なのだという認識をすると親子共に楽になった

正直私も母親としてとても若く、無知すぎたので「なぜうちの子はこうなのだろう?」という周囲との違いに戸惑っていた部分は大きかったです。

また、うまくいかない理由はどこにあるのだろう、ということにも悩んでいました。

私自身が、親子関係でとても大きな確執をもっていたので「きっと私の育て方が悪いのだ」とか「私が親に対して不満を持つように、この子も私に対しての不満を持つかもしれない」という怖さなども大きかったです。

息子はどんな子なんだろう?ということもわからないし、自分が母親としてどういう立ち居振る舞いをすればいいのか、ということもわかっていなかった。

しかし、いったん「この子は感覚や情報に対して敏感であり、感受性が強すぎる。まだ子供だからその不快感や困惑を周囲に表現する方法がわからないだけなんだ」と知ったとたんに、だいぶ「どうすべきか」というべき思考から解放されたように思います。

本当に少しずつではありましたが、長所も短所も、すべて含めて「息子」なのだという風に感じられるようになっていったと思っています。

「HSCだからできない」という過度な心配と保護

冒頭でも触れたように、子どもがHSCであることを重要視するのは、個人的に一時的な通過点でしかないと考えています。

確かに、一般的な基準に合わせにくいことがありますし、問題が起こることもあります。周囲の親御さんに相談しても理解されない悩みを持つこともあります。

しかし、子どもの将来や行動、知的好奇心をできるだけサポートしてあげるのが親の役目ですよね。

そこで「HSCだからそれはできない」「HSCだから親がしっかり保護してやらなければ」という風に、過剰に心配しすぎたり、過保護にしすぎることには注意しなければいけないと感じています。

子どもの気持ちを先読みしすぎない

HSCである以上、どうしても日常生活でストレスになることや不安を感じることは多いです。でも、それを親が先読みして、転ばぬ先の杖をしすぎないように気をつけています。

特に私の場合は息子なので、ある程度は本人の主体性に任せたいとも思っています。でも、私自身がHSPですから「あぁ、なんか疲れている」とか「がまんしているのでは?」というように、先読みしてこちらが不安になってしまうことも多いのです。

しかし、そこで親から率先して誘導しないこと、過保護な手出しをしすぎないことも大切だと思うんですね。もちろん、臨機応変に手助けすることや、様子がおかしいなと思ったとき声をかけることはします。

しかし「この子はHSCだ」という目線で子どもを見てしまうと、親自身が心配なこと、不安なことだらけになってしまうこともあると実感しています。

子どもが話せる時間・環境・関係性づくり

HSCに対して過保護になりすぎない、過度に心配しすぎないためには「子どもの方から要望を出しやすい環境」を作ることが大事だと思っています。

HSCに限らずどんな親子関係でも、これは大切ですよね。子どもの話を聞く時間、静かな環境、そして普段から「話を聞いてくれる、理解してくれる」という信頼関係がなんといっても欠かせません。

子どもは「話したいときに、話したいことを話す」のをとても強く求めているなぁと感じます。親の聞きたいこと、親の話したいことではなく「子どもの話したいこと」を話す時間です。

ここで私はときどき「自分の話したいこと」を持ってきてしまうことがあるんです。息子の素朴な疑問や、今日あった出来事などを話しているうちに、いつの間にか私の持論みたいなことを話してしまっているときがあるんですね。HSCは空気を読みますし、深い話も難しい話もある程度理解して聞きます。でもそれが、対等な会話のように見えて実は、子供にとっては「うっとおしい」「自分の話したいことと違う」と捉えられてしまうこともあると、息子が10代に突入してから強く思うようになりました。子供が成長するにつれて「親ってうっとおしい」と思うようになる一因ではないか、とも感じています。

実は私の母も、私の話の途中で自分の自己演説みたいなことをはじめてしまうことが多く、なんともまぁ大人ってどうしようもないなと、自分自身で反省することがときどきあります。

大人から子どもに聞かせてあげられる話はいくらでもありますが、それを子どもが求めているかというのもちょっと振り返ってみるようにしています。たとえ、自分の話す内容が自分の中では重要で、大切なことであっても、話すタイミングや時を選ぶことは大事だなぁと感じているのです。

HSCだけど「この世にたったひとりの人間」という目線で見る

一時的にHSCであることがわかっても、その気質や特徴に縛られない方が親も子も柔軟に、伸び伸び育っていくことができると感じています。

大人の方でも「私って、HSPの特徴に当てはまるところはあるけど、当てはまらないこともある。本当にHSPなのかな?」という自己診断の部分で悩んでしまうことがとても多いです。

しかし、大事なのは自分がHSPであることでも、子どもがHSCであるかどうかでもないはず。

「この子はどんな人間なのか」という目線で見ることが大事です。

できないこと、苦手なこと、起こる問題やトラブルの原因、そのヒントのひとつとして「気質」というものがあるというだけです。特に子どもの場合、これからの可能性や将来性を秘めた大事な存在ですよね。それを「HSCだから心配」「繊細だから無理だ」というネガティブ思考に向けてしまわないように気をつけていきたいところですね。

バランスはとても難しいのですが、あくまでも一人の人間であり、人間には本当に多様なコントラストがあるということを再確認しながら子育てしていきたいと私自身、考えています。

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