「あいさつできるまで立っていなさい」不登校の小野君は体罰に従った

不登校

私が小学校6年生の時、クラスに「小野君」という男の子がいた。

 

小野君は、喘息やアトピーを持っていて体が弱く、転校してきた4年生のときからずっと学校を休みがちだった。

 

休んでいる日の方が多いので、当然友達もいなかった。

 

たまに人と話すことはあったし、私も話したことがある。

 

でも、小野君と仲が良い人と言えば…と思い返してみても、誰の名前も出てこない。

 

そんな感じだ。

 

 

ずっと不登校だった小野君は、学校に来てもあいさつができなかった。

 

私たち生徒は、小野君がずっと休みがちだったことも知っていたし、学校に来ても誰かと笑ったり話したりすることはまれで、大人しくしていることが多いのも知っていた。

 

だから、小野君があいさつをしなくても誰も咎めたり、気にすることはなかったのではないだろうか。

 

体罰が始まった

 

小野君が不登校で、クラスに友達がいないのも学校に馴染めていないのも、子供たちはみんな知っていたし、受け止めていた。

 

なかなか声をかけて一緒に遊んであげられる子はいなかったけど、小野君をいじったりからかったりする子もいなかった。

 

 

でも担任の菅間先生だけは、それを受け入れなかったのだ。

 

 

小6のときの担任の菅間先生は、いつも黒のポロシャツに黒のジャージを履いて、黒っぽい色のついたメガネ(サングラスに近い)をかけている、強面の先生。

 

体育の専攻で、見た目も中身もいかにも体育会系。

 

 

菅間先生は挨拶ができない小野君を、いつも廊下や教室の黒板の隅に立たせていた。

 

 

「挨拶ができるまで、そこで立っていなさい。」

 

そう命じていた。

 

 

だからと言って、小野君は元気よく「おはようございます!」と言えるわけではなかった。

 

毎日毎日、小野君は廊下に立つ。

 

皆が授業をしているときも、給食を食べているときも。

 

そして、いつしかそれが当たり前の光景となった。

 

私自身、小野君が立たされていることが日常の光景になって、何も感じなくなった。

 

 

みんな、小野君がなぜ挨拶できないのか分かっていたと思う。

 

だって、彼は転校してきてからずっと不登校だったのだ。

 

学校に来ていることの方が珍しかった。

 

 

小学校4年生で転校してき小野君は、喘息の発作が夜中に起こると朝起きることができない。

 

だから学校に来られない日も多くなる。

 

来られない日があると、またその次の日も登校しづらくなる。

 

小野君には、大の仲良しの友達もいなかった。

 

だからどんどん足が遠のいたはずだ。

 

 

転校してきた当初は、熱血なシスターが担任だった。

 

シスターは毎日自転車に乗って、小野君を家まで迎えに行ったりしていた。

 

私もこのシスターが大好きで、小野君もこのシスターが担任だった頃はしばらく学校に来る日が続いていた。

 

そのときは笑顔も見れたし、話もしたことがあった。

 

でも学年が変わって先生も変わると、小野君はまた学校に来なくなってしまったのだ。

 

 

しかし小野君は、6年生になったら再び学校に来るようになった。

 

でも、いつもずっと立たされているだけで、勉強もできていないし、給食も食べていないことが多々あった。

 

みんな

 

「いいのかな?」

 

「大丈夫なのかな?」

 

そう思いながらも、触れられなかった。

 

 

先生に「体罰」への問題提起をした日

 

小学校6年生の2学期、私は学級委員をしていた。

 

私は人をまとめたり人の前に立ったりするような人柄ではないが、小6のころは一番勉強や運動が楽しいと感じていたころ。

 

いろんなことを器用にこなしていたときで、学級委員になったのもそんな私の様子を見た友達からの推薦だった。

 

 

ある日の昼休み、横水さんという女の子が言った。

 

「あのね、ママに小野君がいつも立たされていてかわいそうって話をしたの。そしたらそれは体罰だって。小野君、いつも立たされていてかわいそうだよね?先生にかけあってみたほうがいいって、ママが言ってた。」

 

 

そう言われてみると小野君はかわいそうだと思った。

 

挨拶ができないと言う理由で、長時間立たされているのはおかしいことだと理解できる。

 

ひとりがそう言いだすと、周りのみんなはすぐにそれに賛同した。

 

 

「小野君が立たされているのはおかしい。かわいそうだ。」

 

 

皆の意見はすぐに一致。

 

誰も「挨拶しないから立たされるのは当然じゃない?」という子供はいなかった。

 

今までずっと6年B組は、小野君が立っていることが当たり前。

 

もちろん、そのことが話題にでることもあったし、心配する声もなかったわけではない。

 

でも、先生がそうしなさいと言ったことに反論するような子はいなかった。

 

それは当然のことだし、仕方がないことだとも思う。

 

先生が決めたことに、生徒がとやかく言うことはありえなかった。

 

でも、

 

なんか変だよね?

 

おかしいよね?

 

みんな薄々、そう気付いていたんだろう。

 

 

そこで次に6年2組の子供たちは、「誰が先生に言うのか?」という話になった。

 

やっぱり、朝の会や帰りの会などで切り出すのがいいだろうということになった。

 

これは本当に、トントントンっと話がまとまって決定。

 

 

で、誰がその話題を振るのかという問題に直面する。

 

 

「やっぱり、学級委員が言うべきじゃない?」

 

 

という声があがった。

 

私はドキッとした。

 

そんな恐ろしい役目、自分には無理だ。

 

学校で一番怖いとされている菅間先生に意見する役なんて、私には無理だ。

 

もう一人の男子の学級委員、友田君にも話が振られた。

 

友田君は学年一背が高くて顔の整った美少年。

 

医者の息子で家柄の良いお坊ちゃま、だけどちょっとノリが軽くておふざけの多い男子だった。

 

「いや、俺その役絶対無理だから!」

 

友田君は全力で拒否した。

 

「男子の学級委員なのに情けない!」

 

一部の女子が批判する。

 

「そんなの無理に決まってるじゃん!言い出した横水さんが言えばいいじゃん。」

 

友田君の意見にも一理ある。

 

横水さんが言い出したんだから、横水さんが先生に直談判すればいいのでは?

 

私もちょっとだけそう思った。

 

 

“先生のやり方は間違っています。”

 

 

そう意見することは、小学校6年生の少年少女にはとても厳しいことだった。

 

ましてや学校一の強面先生、全身黒ずくめでサングラスをかけていて声の大きい菅間先生相手だ。

 

でも、小野君がいつも立たされていてかわいそうだということに反論の声はなかった。

 

正当な罰ではない。

 

そもそも罰を受けるようなことはしていない。

 

むしろ頑張って学校に来ていることを、褒めてあげるべきなのに。

 

小野君は休みがちだから緊張しているのは当然だし、毎日元気よく挨拶できない生徒は小野君の他にもいるはずだ。

 

その意見に、異論は一切なかった。

 

やっぱり、間違っているのは「先生」だよね。

 

 

「じゃぁ、私言うよ。」

 

気付いたら私はみんなに宣言していた。

 

学級委員らしいことなんて今まで全然できていなかったし、確かに学級会議の議題は学級委員が提案するのが筋だと思った。

 

「その代わり、みんなちゃんと意見言ってね。」

 

そう言って、昼休み時間は終わった。

 

大口をたたいてしまったが、私は内心心臓が張り裂けそうなくらい怖かった。

 

昼休みが終わり、掃除が淡々と進められ、6時間目はいつも以上に短く感じられた。

 

授業と帰りの会の合間に、誰かが話しかけてくる。

 

でも、ろくに頭に入ってこない。

 

帰りの会が始まり、いつも通り淡々と進む。

 

このまま何も言わないで、さようならのあいさつまで黙っていることも考えた。

 

考えているうちに、日直の声が響く。

 

 

「連絡したいことのある人はいますか?」

 

 

私は思い切って手を上げた。

 

 

 

 

「学級委員からお話があります。

クラスメイトのおうちのひとから、小野君が学校で立たされていることに対して疑問の声が上がっているそうです。

私たちも……小野君が立たされているのは……おかしいと……思います。」

 

 

そこまで言うのが精いっぱいで、私は泣いてしまった。

 

それ以上何も話せなくなって、席に座り込んだ。

 

 

どうしよう、何も言えなかった。

 

言うべきことさえ最後まで言えなかった……。

 

 

そう思っていたら、すかさずクラスメイトの山田さんがフォローしてくれた。

 

 

「小野君が立たされているのは、挨拶ができないからですよね?挨拶しないで教室に入る人なんて、他にもいっぱいいますよ。」

 

 

さすが両親が市議会議員の山田さん。

 

冷静に意見を述べる。

 

 

「そうです!小野君が以前学校に来れなかったのは、体調が悪かったからで…小野君が悪いわけじゃないですよね!?」

 

背が高くてモデル体型の女の子、齊藤さんも助け舟を出した。

 

 

でも先生は言った。

 

 

なぜ今頃そんなことを言うのかと。

 

ずっと、何も気にしていない顔をしていたじゃないか。

 

 

確かにそうだった。

 

私たちは、小野君が立たされていることを平凡な日常だと思ってきた。

でも、誰かが一人がそれを問題視して、行動を起こしている。

それにつられてたくさんの生徒が、感情をあらわにして話し始めた。

 

 

「先生は、小沢君が給食も食べずに立っていてもなんとも思わないんですか?」

 

「そんなに挨拶することが重要なんですか!」

 

 

沢山の生徒が、意見を言い始めた。

 

女子の中には、泣いている子もいた。

 

 

イケメンでちょっと軽い友田君も、ついに立ち上がった。

 

「まぁ。挨拶は大事だけど、俺だって機嫌の悪い日とかあるし…。小野君だって、挨拶したくないからしないわけじゃないと思うし…。」

 

友田君らしく、やんわりと先生のやり方を否定している。

 

私はずっと泣いていることしかできなくて、本当に情けなかった。

 

 

本当はもっと言いたいことがあった。

 

給食を食べているときに小野君が立っているのを横目で見るのはつらかったこと。

 

体育でみんな教室移動したあとも、小野君は教室で立っていたこと。

 

いつその罰が解けていたのか、誰も知らなかったこと。

 

今まで見ないふりしていたことを、そのとき全員が心の中で詫びていたんだと思う。

 

 

結局先生は最後に、「みんなの想いは分かった」と言った。

 

でも、私はそれ以外に先生の言ったことを覚えていない。

 

先生の問いかけや意見は、たぶん全く響いてこなかったし、納得できる内容ではなかったからだと思う。

 

 

ただ、そこにいた生徒は半分以上が泣いていた。

 

小野君は何のために学校に来ていたのだろう。

 

せっかく頑張って学校に来たのに、何てことをさせられていたんだろう。

 

きっとみんな、

 

「見ないふりをしていて、申し訳なかった。」

 

と思っていたのではないだろうか。

 

 

私は大人になって、小学生を育てる立場となった今、この小野君の議論のことをよく思い出すようになった。

 

 

あの時の、クラスの一体感は忘れもしない。

 

でも、先生の言葉は一つとして心に残っていない。

 

 

大人の言うことややることは、子供にとって「絶対に正しい」と信じざるを得ないのだ。

 

子供はいつも、大人の屋根の下にいる。

 

守られている。

 

自分が守ってもらっている人に、間違いはないと信じている。

 

親であっても、教師であっても。

 

たったひとりで「違う!」と立ち向かえる子供など、いない。

 

立ち向かったところで、取り合ってなどもらえないことの方が多い。

 

横水さんだって、結局自分から先生に問題提起することはできなかった。

 

同じ学級委員の友田君だって、自分には無理だと退けた。

 

私はチャレンジしたけど、怖さに負けてするべき主張を最後まで成し遂げられなかった。

 

そして小野君は、挨拶ができないという理由でずっと体罰を受け続けていた。

 

 

子供は、大人の前では本当に無力な存在なのだ。

 

 

その後小野君は、廊下や黒板横に立たされることはなくなった。

 

でも、小野君はずっと大人しいままだったし、卒業まで口をきく人もあまりいないままだった。

 

私の小学生時代の、とても印象深くて大切な思い出。

 

大人って、怖い生き物だ。

 

でも、そんな自分もいつのまにか大人になって、子供に対して放漫な態度をとっているのかもしれない。

 

 

そう思うと、一体人間って何なんだろう?

 

子育て・教育とは、何なのだろう?

 

と、問題を突き付けられるような気がしてならない。

 

 

それと同時に、子供の主張は時にものすごく的確で、真摯だと思い知らされる。

 

(児童の名前、先生の名前はすべて仮名ですが、実話です。)

 

 

 

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