行動が遅い・やることが遅い子供、それは長所ではないですか?

子育て

我が家の次男、今日も幼稚園のお迎えのときに先生から

「ほんとに、のんびりでね~。ぼーっとしちゃうのよね。」

と言われました。

実は何カ月も前から、園でのお仕度やシール張り、集合、トイレなど様々な場面で
行動が遅いということを指摘されてきました。

次男は、5歳上の兄に追い付け追い越せの勢いで育っているので、何でも割と早くできるタイプの「手のかからない子」です。言葉も早いし運動能力もそれなりによく、理解力もある方だと思っています。
次男のことで悩んだ経験は、ほとんどありませんでした。

行動が遅いことについて、先生は嫌味で言っているわけではないと思います。
愛情を込めて言ってくれていることや、もう少し周りに合わせていかないと本人が困るからという意味を込めての助言だと感じています。

でも、毎回言われるとやっぱり「次男、本当に大丈夫なのか?」と不安になってしまうんですね。

確かに家でものんびりした雰囲気を持っているけれど、そんなに行動が遅くて困ったりしたことはありませんでしたし、普通だと思っていました。
それなのに、幼稚園では行動が常に「クラスでいちばん最後」になっていると知ってからは、やっぱり不安を覚えるように。
遅い方、とかではなくクラスでいちばん遅いんだと知ったときは結構、衝撃でした。

でも、私は常々次男の様子を見ていて、ある日ピンときたことがありました。

「もう、次男の行動が遅い原因はこれしかない!」

 

と断言できる出来事があったのです。

行動が遅い子供は、周囲の様子に意識が行ってしまう

あくまでもうちの次男の場合ですが、次男は
人が周囲にたくさんいるとき、周りの人や場所の様子に目が行ってしまうことが分かりました。
気が散ってしまう、とも言えます。
でも、気が散ると言う言い方よりも「周囲を観察している」という言い方の方が適しているように思います。

以前、買い物の帰りに家族でチェーンの牛丼屋さんに行きました。
家族で牛丼屋さんに行くのはかなり珍しい出来事。
そしてその牛丼屋さんは店内がほぼ間仕切りされていなかったのです。
しかも、次男の座っている場所からは厨房の様子も見えます。
さらにはガラス張りなので、駐車場や一口の券売機の周辺も全て見通せるようになっていました。
店の中だけでなく、外まで見渡せる状況。
ここで次男は、次々に私に何かを伝え始めました。

「バイクが来たね。」

と次男が言うと、ライダーがヘルメットを手にもって店内に入り、座ります。

「あの人がバイクで来た人だね。ヘルメットは、窓のところに置くんだね。」

「あの人は1人で来ているけどどうしたのかなぁ?(家族で来るのが普通だと思っているので。)」

「ひとりトイレに行ったね。」

最初に座ったカウンター席から横にずれた人がいたら

「あの人はなんでそっちに行ったのかな?」

店の中の人たちの様子、全てが気になって目で追ってしまうのです。

私はそのとき

これって、もしかして幼稚園でもそうなんじゃないか?と気づいたのです。

家では、家族しかいないのである程度行動パターンも一緒。
動きも一緒だし、安心しています。
でも、他の場所ではそうじゃない。
いろんな人がいて、いろんな動きをし、いろんなことを言います。

それを全て、観察してしまうのではないか。

だから、手が止まってしまったり、指示を聞き逃してしまうんじゃないか。
そう思ったのです。

幼稚園のクラスには、次男意外に25人くらいの子供と先生がいます。
それだけ人がたくさんいたら、きっと目で追ってしまうでしょう。

行動が遅いのは、ぼーっとしているからじゃないんです。
いろんな人や場所の動きを見ているからなんです。

行動が遅い子供は、鋭い観察力を持っていることも

これ気付いたとき、私は泣きたくなってしまいました。

だって、その場の変化によく気が付く観察力を持っているってことは、いいことですよね。
とっても素晴らしい長所です。

それなのに、

「行動が遅い。」

「指示を聞いていない。」

「ぼーっとしている。」

そんな言葉で片づけられて、ダメな子というレッテルを張られてしまう子もきっといるのだと思ったのです。

次男のこのことに気付いてあげられたことで、次男の短所は驚くべき長所であることが分かりました。

だから、私はそれを

「もっと早く動きなさい。」

とは絶対に言えません。

周囲に迷惑がかかることもあるかもしれませんが、極端に遅すぎて活動に支障が出ているというわけでもなさそうです。
ちょっと先生に、余計に声をかけてもらっているという感じ。
それならば、そのままでもいいと思いました。
いちばん最後でいいと思いました。

行動の遅い次男に対して

私は、次男にこう言いました。

「あーちゃんさ、お友達の様子が気になってずっと見ちゃうことある?」

「うん。ある。」

「シールはったり、お仕度するときも見ちゃうときある?」

「うん。」

「そっか。お友達のことが気になって見ていると、手が止まっちゃうのかな。
でもね、それでいいと思うよ。早く動くことは、そのうちできるよ。
ぜったい大きくなったらできるよ。
だから遅いよって先生に言われても、いちばん最後でも大丈夫なんだよ。」

そう言ったら、次男は食事中にも関わらず私の膝に乗ってきました。
泣き出しそうな顔をしましたが、とっても嬉しそうでした。

このことは先生に言おうか言うまいか、迷っていますがとにかく、親である私はちゃんと分かっているということだけは本人に伝えておけばいいと思ってます。

親は自分の子供のすべてを知っているような気がしていますが、決してそうではありません。

私も、まだまだ「なんでこうしちゃんだろう?」という子供についての悩みがあります。

それにもきっと理由があって、それは長所の裏返しや何かのサインである可能性が高いのです。

こんなに一人の人間を毎日見ている親でこそ、子供のこのような問題を短所と捉えて叱ってしまうことがあります。

幼稚園の先生や保育士ともなれば、もっとその可能性は高くなります。

これは仕方のないこと。

だから、先生を責めたり不信感を覚えたりするのも無意味です。
全ては「親」次第。
先生が教えてくれることは、ヒントにしか過ぎないのです。
私は、毎日「遅い」「のんびりすぎる」と逐一報告してくれた先生に、感謝すらしています。

子供の言うことやること、全てのことには意味があって、理由がある。
大人にとっては「まったくもう!」「意味わからない!」と思うことでも、子供にとっては価値のあることなのかもしれませんね。
その為には、カッカせずに一歩引いて見ることや、頭を空っぽにして子供に接するということなんかも大事なのではないかなと思います。

 

 

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