小学生~中学生の反抗期を押さえつけるとどうなるか?私の子供時代の話

小学生

中間反抗期の記事への反響がけっこうあったので、私の反抗期についてお話ししたいと思います。

反抗期は、子供のうちに3回訪れるとされています。
第一反抗期は、2~3歳のころのいわゆるイヤイヤ期。
2回目が小学校3~4年生で訪れる中間反抗期。
3回目が、思春期に待ち構える第二反抗期です。
その他にも、幼稚園入園後に反抗期のようなものがみられる子供もいます。

つまり、子供は成長している限りずっと反抗し続けるものだとも言えますね。

うちの息子なんて、1歳半に第一次反抗期が始まり、幼稚園~小学校とずっと反抗期です。
親の意見と自分の意見の違いや、そのすり合わせ方に戸惑っているのか、常に不満を抱えているような感じがしますね。

今の私は、それを客観的に見つめて寄り添うことができていると言う自信があります。
(もちろん、手を焼いたり悩むこともありますよ。)
しかし、なぜ客観的になれるかというと、自分自身が幼少期、親に押さえつけられて育ったためです。
今回は私の経験を元に、反抗期を押さえつけてしまうことで起こる子供への変化をお話ししたいと思います。

なぜ私が子育てについてここまで考えているのか、という自己紹介も兼ねてご参考下さい。

反抗期、親に押さえつけられたらどうなるのか?

正直に言って、私は親への反発心がありました。

自分はこうしたい。
自分はこう思っている。

そんな自我がありながらも、それを主張することができませんでした。
性格の問題もあります。
私はあまり人の中心に立つような性格ではなく、人に合わせているほうが楽なタイプ。
口数も少なくて、ひとり行動も大好きです。
そんな性格故、主張の強い母親に主導権を握られて育ちました。

母は二人姉妹の二女で天真爛漫な性格。
明るくて人懐っこい性格で、私とは真逆の性格。
東京の下町の大工の娘で、幼少期は貧しかったのがコンプレックスだったそうです。
そんなコンプレックスによる劣等感をを、母は私を育てることで埋めようとしたのでしょう。

私にはいつも高価でオシャレなワンピースを着せたり、バレエを習わせたり、私立小学校に編入させたり。
母は私のためを思って、一生懸命でした。
自分の夢をかなえるためでもあったし、それが私にとっても良いことだと信じていたのだと思います。

しかし、私は主張が弱いながらも男脳よりの活発なタイプでした。
ひらひらのワンピースは本当は嫌で、短パンにTシャツが大好き。
運動が大好きで、男の子と一緒になって遊ぶのも好きでした。
バレエの教室や友達にも馴染めないことが多く、憂鬱なこともありました。

でも、母はとても強かった。
しかも私はまだ子供であり、親の言うことをきくのが子供の務めだと信じていました。
母は何かにつけて

「あんたは稼ぎがないんだから、親の言うとおりにしなくてはダメ」

と言いました。

叱られるときはいつも

「悔しかったら自分で生活してみろ。」

「親がいなかったら、あんたは野垂れ死ぬしかないんだ。」

 

と言われて育ちました。
(これは、いまだにトラウマです。)

この言葉は、親にとって最大の武器です。
だって、どうやったって15歳以下の子供は自分で生きていくことはできないのですから。
親がいなかったら自分は死ぬしかないと言われたら、もう何も言えないしできません。
主張の弱いタイプの子ですから特に。

他にもいろいろなことはありましたが、私はこうして幼少期から思春期までずっと
「親の支配下でなければ死ぬしかない」
という強迫観念にとらわれて生きていました。

子供の自我や反抗期を押さえつけると、子供の主張はどうなるのか?

私は、親が正しいか正しくないかということよりも
怖いか怖くないか、ということばかり気にしていました。
親の言ったことが心底身に染みる、ということがほとんどありませんでした。

「親の機嫌を損ねた」
「親の逆鱗に触れた」

ということしか頭に残りません。

だから隠れて悪いことをするようになりました。
親の知らない顔を持つようになったり、学校での自分と親の前での自分を使い分けるようになりました。
もちろん、家ではいい子で、学校では自由奔放に。
本来は逆が望ましいのですが。
性格的にあまり大胆なことはできませんでしたが、親に隠れた一面をもつことで自分を保っていました。

だから、子供の意見を聞かず、押さえつけていても何もいいことはない。
これは身をもって経験しています。

思春期以降、反抗期を押さえつけるとどうなる?

中学生になっても母の支配は続きました。
母はいつも仕事をしていて家にいないのですが、たまたま家にいて私の素行の悪さを発見するとぶち切れてしまいます。

殴る蹴るは当たり前。
壁にどつくとか、モノを投げるとか、首を締めあげるようなことをしたり、もう止まりません。
それでも私は、母に分からないところで自由を求めました。

朝いちばんに学校に行き、学校の門のカギが閉まるまで学校にいました。
家にいたくない。
家のカギを開ける前には、深呼吸しなければ家に入ることができませんでした。
本当に家が大嫌い。怖い。

私は私立中学校に通っていたので、地元に友達もいません。
私立にはヤンキーとかもいないので、家出しても泊めてくれるような友達はいません。
悪いことをするにも、そういう仲間はいませんでした。
だから、家では自室にこもって母のご機嫌を伺いながら過ごすしかありません。

そうこうしているうちに、唯一の憩いの場所だった学校が、有名な進学校と合併。
今まではのびのびとした教育方針だったのが、他の進学校に追い付け追い越せの姿勢に。
校風がガラッと変わってしまい、受験ムードでピリピリしはじめました。
友達と学校で会っても、みんなイマイチ元気がない。
学校が唯一楽しい場所だったのに、私は居場所をなくしました。
中学3年生の夏休み明け、最終的にはうつ病になって自室に引きこもるようになりました。

私は絶対に、子供の意志を尊重したい。

私は自分の幼少期~青年期がとてもお粗末です。
全て母親の言いなりで、自分で決めたことなんて何もなかった。
自我の芽を摘まれて、母親の所有物でした。
その弊害は、結婚して子供を設けて30歳になろうとする今も変わらずあります。
自分に自信が持てないし、自尊心がものすごく低いです。
夫の支えによって、だいぶ良くなってきたものの、まだまだ改善が必要だと思っています。

カウンセリングに通っても、自分の正直な気持ちが話せないので意味がない。
HSPという特徴も相まって、周囲に気を遣い、神経をすり減らす毎日。
こんな思いを、自分の子供には絶対させたくないし、させられません。
だから、私は「子供に対しては常に真剣に。子供の本当の声に耳を傾けなければ。」と思っているのです。

なんだか私の勝手な過去をダラダラつづってしまいましたが、これが私の子育てへの原動力になっています。
完全に反面教師で、自分は母のようになりたくないという思いからここまでやってきています。
(性格が違うのでそもそも母のようにはなれないと思いますが。)

 

 

こんな私の経験が、少しでも同じ悩みを持っている人や
子育ての指針のヒントとなりますように。

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